過干渉がなぜ虐待となるのか/追記とさらに考察
これは自分の体験から得た考察なので、純粋なスピリチュアルメッセージと言えないかもしれないのですが、
神様と魂がこのチャレンジによって情報をもたらした、ということで、ここに記事としてお伝えすることにしました。


【過保護や過干渉が、なぜ虐待となるのか】
私は、自分の母親から、かなり過保護で過干渉に育てられました。
学生時代やその後に、それが相当なトラウマとなっていたので「課題」として考えるようになりました。
もちろん、誰が悪いとかの問題ではなく、今はそれが仕事の役にたつことで、自分自身のチャレンジだったと解っていますが。だからこその視点で、過去のことと、得た気づきをシェアしたいと思います。

私が生まれて2歳にもならないうちに、弟が生まれ、私はもしかしたら親戚の養女にされるかもしれない状態でした。
親や祖父母とは違う人々に預けられ、不安のどん底にいた私は、そこから「人間は恐い」というトラウマを持ちました。
無意識に、「何かあったら、自分は捨てられる」と思って、優等生を演じながら、恐くて誰にもその不安を話せませんでした。
 例えば、もう物心がついていて、自分の気持ちを言葉で表現できるときのトラウマは、言葉で分析して、それによって解消できると言いますが。
言葉が未発達の時期に体験した恐怖は、それに気づくまでに時間がかかる。場合によっては、無意識(潜在意識)のままで、トラウマを解消できない、とも言われます。


私の場合は、無意識の範疇だったので、そのまま「呼吸困難(ぜんそく発作)」という症状になって現われました。
小学校に上がると、それがてきめんに出て来ました。
すると、医者は「ぜんそくは、ワガママ病だから甘やかしてはいけない。親と切り離さないとならない」と言います。けれど、私の発作の原因は「親と切り離されたことによるトラウマ」だったので、逆効果です。
私は、そのときから「医者というのは、見えないものは何も分析できない連中だ」と思いました。

適切なアドバイザーがいない状況で、親も必死ですから、結果として、看護師でもあった母は、私を「この子は弱い子だから、守ってあげないと」と思うようになったようです。
そこからは、本当に「過保護」な生活になってしまいました。
親が代わりにやってあげる、手伝ってあげる、付き添ってあげる…というのが当たり前になっていきます。

すると、私の中では、それが当たり前の世界観になります。
上手く行かないと、「どうして、やってくれないの?」という考えになります。
それと同時に、「私が弱いから、親に迷惑をかけている。本当は、生まれて来ない方が良かった」とも考えるようになっていました。
「強くなりたい」と思って、小学校のマラソン大会の練習にも参加。途中でぜんそくが起きてしまい、それを押してでも走り続けました。
後で知ったのですが、ぜんそくは、発作を続けるとそれが「クセ」になって、発作の起きやすい身体になる-とのことでした。
私は、逆効果で、弱い身体を作り続けていたのです。
しかも、その「行動の矛盾」によって、こんどは「自分を虐める」という自虐パターンが生まれます。
「自分の身体を粗末に扱うことなら、何でもやる」かのような、行動の選択をし始めます。
 だから、解るのです。自分を鍛えたくて、スパルタな世界に陶酔してしまう人の気持ちが。
セルフイメージ(自己評価)の高い人は、良い結果を得ることができますが、セルフイメージが低い人には、結果として逆効果になることは知らないのですから。

子供というのは、初めて見る人間がたいていは親なので、親をよく観察していて、どう動けば自分にとって効果的な言動を引き出せるか?自然と身について行きますね。
特に、兄弟が多い場合は、どうやって親からの関心を引き寄せるか?が死活問題となります。大家族なら、誰かが気がついてケアしてくれる可能性もありますが、核家族という状況では、生存競争は激化します。
 私の場合、看護師の母を動かすには、自分が病気になることが一番効果的だったのだと思います。
他の兄弟と競争して丈夫で元気な子でいるよりも、病弱でいた方が生き延びる確立が高くなることに気づいて、無意識にその生き方を選択していました。
あとになって、うちの家族は全体的に、母からの関心を得るためには「弱々しい姿」を見せるのが効果的だと悟ったようで、父や弟もマネするようになっていたのが、笑い話です。

身体を鍛えることは諦めました。
でも、身体が弱いと自分の夢を叶えることも難しくなるので、とにかく、自己矛盾を抱えながらも、健康を維持することだけに専念するようになりました。
潜在意識には、「何かあったら、自分は見捨てられる」という強い思い込みがあったので、無理して優等生を演じていたところもあります。そのストレスで、疲れるとアレルギーの発作が起きるのです。
自分では、どんな仕組みでそうなっているのかが解りませんから、治しようもなかったといえます。
甘ったれた自分が嫌で嫌で、いろいろな自己啓発の本も読みましたが、自分を変える方法がありませんでした。荒木先生に出会って、心と身体のしくみを知り、カウンセリングシートを100日書くという方法を実践するまでは。

母は、生い立ちのせいでセルフイメージが低かったことと、育てられた環境の価値観や、看護師という立場から「弱者を救う・庇う・攻撃をしない」という習慣がついていたために、無意識のうちに「弱い人」を見つけて、その犠牲になりたがっていました。
「本物の定義」に照らしあわせて、未来にまで視野を広げての「良し」「悪し」の前に、「こうあらねばならない」という固定観念で育てられた世代ですから、本人たちには気づかない無意識の思い込みです。そして、当時はその価値観を変える効果的な方法はまだありませんでした。
私は、娘として母を手本にしてしまったため、「自己犠牲」を美徳だと思い込んでいました。そして、誰も幸せになれない世界で、その矛盾に苦しみ、ロロ・メイの心理学と出会ったのでした。

もし、私に「マンガ」という表現手段が無かったら、境界型のパーソナリティ障害になっていたかもしれません。
当時から、マンガで表現することによって、自己矛盾を外に出せたことが命綱になっている、と解っていました。

母親からの呪縛は無意識のレベルですから、ものすごく強いものでした。
社会人になってからも、出かけようとすると「どこに行くの?」「何しに行くの?」「何時に帰って来るの?」と聞かれ、それに対して正直に何でも話さなければならないと思い込んでいました。
学生時代なら、保護者が心配するのは当たり前ですが、
大人になって「上手い嘘をつく」ことも知らず、「どうして、そんなことを訊くの?」と質問することも気づきませんでした。
 私も姉も、母から離れようとすると干渉されることに気づき、どちらかが離れたい時は、どちらかが生贄かオトリにでもなるような感じでした。

母は、話をするのが好きで、ストレスを溜めると女性はただでさえお喋りになりますが、学生時代、深夜勤務から帰宅した母の話に何時間も付き合わされて、寝不足になったこともよくありました。
今にして思えば、傾聴力はその時から鍛えられていたと思います(笑)。
母の話は、終わりが無く、解決も無く、だらだらと続くので、こっそり「人間ラジオ」と呼んでいました。
 そして、どこかでこの関係を断ち切らなければ、自分の人生の未来は無いな…と思っていました。

女の子は、庇ってくれる親友や恋人ができたとき、つまり新しい居場所ができると、かつての居場所である「家族」に向き合えるようになります。勇気が出るからです。
(これは、昔のマンガ「ホットロード」(紡たく著)が参考になると思います)

親が「境界線」を持っていないとき、子供は自分で「境界線」を作らないとならない。そのために、親から物理的に離れるのがお勧めです。
ですが、シェルターや安全な場所が確保されていないうちは、無理に危険なことに向き合わなくても良いと思います。

それでも、自分が過保護に育って来たのは、自分の魂が選んだことだから、自分でなんとかしないとと思って、たくさんの心理学や精神分析の情報を集め、学んでいきました。
そして、今の家で家族と同居することになって、とうとう決着をつける時がやってきました。
その話をすると、それだけでも本一冊分あるので、ここでは省略しますが、いわゆる「精神的母殺し」をしました。
母にどう思われても、理解されなくても、非難されて縁を切ることになっても、一人で生きていく-という覚悟を決めて、母に自分の考えを伝えたのです。
 私の母は、寂しがり屋ですが、本質は愛情深い人なので、私の思いを(理解はできないかもしれないけれど)受けとめてくれました。さすがだと思います。

その後、ファミリーカウンセリングサービスの勉強を通し、いろいろなことが解ってきて、スピリチュアルな能力にも目覚めて、さらに気づきが増えました。
・過保護にすると、セルフイメージが下がるので、互いに不幸になること
・弱い者を探す意識が、期待となって、相手を「弱いもの」に育ててしまうこと
・誰が悪いということでなく、恐れに基づく考え方や価値観の踏襲が、依存の連鎖となる
・親しい人との「境界線」を引くには、先に「安全地帯」を準備(確保)すること --ほか

スピリチュアルメッセージでは、人間関係は「正しく憎んで、正しく愛する」が基本なので、「浄化シート」を使います。

--さて、過保護が虐待になるというのは、どういうことか。

私は、マンガ家時代は座り仕事だったので、〆切り前になると1週間くらい部屋に缶詰め状態となり、ほとんど外出することができない生活だったりしました。
そうすると、当然、運動不足になりますから、肩こりもそうですが、何より足が萎えて来ます。
25年前に住んでいた古いマンションは、トイレが和式だったので、しゃがんでいると、足の筋肉が弱くなっていることがすぐに解ります。
そうすると、ふくらはぎの筋肉がムズムズして「運動してくれ」と主張して来るのが解ります。それで、〆切り前の時間のない時でも、毎日スクワットを20回くらいしてたりしました。

例えば、バス旅行で夜行の高速バスに乗って、東京から九州まで行くと、夜、足が運動不足でムズムズして来て眠れなくなります。そこで、休憩のサービスエリアのトイレでスクワットして、足を疲れさせて寝たりしていました。
--なぜ、ここで足の筋肉の話ばかり書くのか?と思われるかもしれませんが、これが大きな気づきへの第一歩だったので、もうしばらくお付き合いください(笑)。

スピリチュアルになる前に、浄化でアトピー性皮膚炎が悪化して、半年間寝込んだとき。
皮膚が腫れ上がったり、皮がむけて傷だらけになったりするだけで、なぜ寝込むのか?と思われるかもしれませんが、全身の角質が剥がれ落ちると浸出液が出て、身体を動かすだけでピリピリと痛むので、ベッドの中に横たわっているのが精一杯なのです。
 そのとき、全身の筋肉は「運動してくれ、動かしてくれ」とメッセージを送って来ます。でも、皮膚が痛いので、動かせません。
皮膚の治療(再生)には睡眠が大事ですが、ふくらはぎの筋肉がムズムズして、寝たくても眠れません。そこで、私はとうとう「筋肉自体を無くしてしまえば、身体は黙るだろう」と思いました。「後で、皮膚が治ったら、運動をして筋肉をつけなおせばいい」と考え、数日間我慢して、足の筋肉を削ぎ落としました。辛い選択でした。
足は見る影も無く痩せ細り、立っているのも辛い状態でしたが、見事に黙りました。

話はそれますが--
個人の身体の筋肉でさえ、存在するかぎり「使ってくれ」と主張してくるのですから、ミサイルや爆弾や戦闘機などを作ったら、それが存在するかぎり「使いたい」という欲望にさいなまれるんだろうな…と想像しています。


昨年のことです。
これまで、友人から韓国旅行のおみやげにもらった「垢すりタオル」を使って、週一回くらいのペースで母の背中を流していました。
アカスリをすると、母は「背中が軽くなった」と言って喜んでくれますが、いつも「忙しいのに、悪いから」と言って、自分から「明日おフロに入るから、背中を流してくれる?」と頼んで来ることはありませんでした。
 私にしてみれば、相手の希望を聞いて予定を立てた方が都合が良いのですが…。
ちなみに、私はアトピーで全身がかゆくなったことがあるので、自分の背中には手が届いて、一人でも背中のアカスリができますが、母がお返しに私の背中を流してくれることもありました。

ところが--
昨年私は、左肩が四十肩になって、痛みで動かなくなったために、自分の背中が流せませんでした。柄のついたボディブラシを使いつつ、とうとう母に「今度、背中の右側だけでもアカスリしてくれる?」と伝えたところ、「いいよ」と快い返事。
でも、それだけではなかったのです。
数日してから、「また背中を流そうか?大丈夫?」と母の方から訊いて来ます。
 私は驚きました。いつもは「もう歳だから疲れる」と言っている母なのです。
それは、自分のためにアカスリを頼むことはできないが、相手のためにならやってあげる、という母らしい言動でした。

--そのとき、私は全てを悟りました!!
俯瞰(ふかん)で、すべてを見た気がしました(笑)


人間の脳は、自分が何かを達成して嬉しかった時よりも、誰かのために何かをして相手が喜んでくれた時に、快感ホルモンの一つであるドーパミンが多く出るようになっています。脳に障害がないかぎり、これは人類共通で、70億人みんなそう作られているわけです。
ドーパミンは、感謝と愛で分泌されるとき、その人のセルフイメージを上げて、健康で長生きにします。
 だから、母も、自分がされる側になるよりも、する側になることを選んだわけです。

では、いつも「される側(受け身)」にまわっている人は、どうなるのでしょう?

私は、母の前では、「やる人」の側になることよりも、「される人」の側になることを強いられて来たのでした。
何かをして、それを受け取って欲しくても、受け取ってもらえないのです。
 美味しそうなおやつを買ってきても、食べてもらいない。むしろ、自分の方だけいつも与えられているようなものです。
母を愛していたので、母が喜ぶようにしてあげたかった。だから、私は、「与えたい気持ち」を我慢しました。
おやつは買って来ないで、貰う側に専念する-ことにしました。
時々、「私ばかりがおやつを買ってきている、たまにはあなたも買ってきてよ」と言われたとしても、「そうだね」と返事をして母の好物を買って行きますが、「ありがとう」と言われることは無く、「今日はお腹が一杯だから、明日にするわ」と言われ、そのまま忘れ去られて、やっぱり食べてはもらえません。
 母が無神経なのではなくて。与える側にだけまわろうとすることが、いかに相手を傷つけるか?ということでした。
人は、こういう情報を知らないと、これまでの環境の価値観で動いてしまい、知らず知らずに相手を傷つけてしまいます。それは、避けられないことかもしれません。私も、気づかずに誰かを傷つけていると思います。
だからこそ、感謝が必要で、何ごとにも「ありがとう」を言って、相手を祝福することが大事になって来ます。


甘やかされて育った人が不満を漏らすことがあります。すると、世間では「何でもやってもらって、何を不満に思うんだ!」と叱って来ます。
でも、不満なのです。「自分ができることを、させてもらえない」のは、人が生きる価値・存在意義を見失うからです。
これは、福祉や途上国支援にも言えることだと、身をもって知りました。


私は、自分がよりドーパミンが出せる状況を、諦めたのです。
でも、ふくらはぎの筋肉が「運動してくれ、使ってくれ」と主張するのと同じで、「与えたい」という本能は消せません。
 だから、福祉の世界で、「与える心」を使ったりしました。
そして、母の前では…ふくらはぎの筋肉を削ぎ落としたように、とうとう「与えたい本能」をマヒさせることに成功していたのです。
それは、長年にわたるもの凄いストレスでした。足の筋肉の経験からしても、やむを得ないこととはいえ、残酷なことです。
私は、学生時代、受け取ってもらえない空しさに耐えて、与える本能をマヒさせることに疲れきって、そして無気力になっていたのだと気づきました。

心の問題、心の疲れや痛みだと思うと、気づきにくかったかもしれませんが、身体(足の筋肉)の体験が重なることによって、心にどんな負担がかかっていたのか、見せられたのだと解りました。

そのときから、
自分の愛情の深さと、チャレンジの大きさに気づいて、よく頑張ったな〜と思い、それをねぎらうことにしました。
相手のために何かしようとするのは、人としての本能(魂の本能でもある)ですが、セルフイメージ(自己評価)が低いままでやろうとすると、度が過ぎてしまい、境界線を越えてしまうわけです。
「あなたの笑顔が見たいのは、私のためだから」と、互いに気づいているかどうか。

過保護は、相手を疲れさせ、空しくさせ、絶望させ、無気力にするのに都合のよい方法だったのです。
もし、そういう意図がないなら、相手を甘やかすのはやめた方がいい、と言えるでしょう。
困っている人がいたら、「大丈夫ですか?できることがあったら手伝いましょうか?」と声をかけて、相手の意向にそって行動するのはお勧めできますが、
何も頼まれていないのに“察した”つもりになって、やってあげてしまわないように。相手の「人生の選択の責任」を負ってしまうようなことのないように、私と母の魂のチャレンジをシェアしたいと思いました。
 --
これまで、与え過ぎていた人(特に女性)は、それで自分が疲れていないか?ふり返って、疲れはねぎらって、受け取ってくれた人々に感謝して、今度は自分が受け取ることにもチャレンジしていただきたいと思います。
そして、これまで自分が過保護・過干渉にされてきたな…と感じる人(特に女性)は、受け取る側にいた自分をほめて、疲れをねぎらって、与えられて来た環境に感謝して、これまでのチャレンジを祝福していただきたいと思います。

せっかくなので、ちょっと追加--
お母さんに呪縛される男の子の場合。
もうすでに気づいている人は多いと思いますが、母親が夫に不満を持つと、自分の息子を夫の代わりにかわいがる傾向が強くなりますよね。

そうすると、息子は…場合によっては、「男」になれなくなる。独立した、大人の男性として、母親以外の女性と付き合えなくなることがあります。俗に言う「マザコン」状態です。
母親が弱々しい女性の場合、その呪縛はまだ良い方で、息子も「弱い母親を助けなければ」と男性性を発揮しやすくなることはあります。ただし、母親は、自分の息子の使い勝手が良いため、お嫁さんに取られたくないので、結婚を邪魔することがあります。
一方で、母親が気が強くて口うるさい女性の場合、それが呪縛する状態になると、息子は女性に対する攻撃性を持ちやすくなるようです。母親に対する鬱憤を直接返せなくて、自分の妻を復讐の対象にすることがあります。
そうなると、妻も上手く接することができなくなり、夫を攻撃したり。
よく、女性に対して蔑視したことを平気で言う政治家や公人がいますが、自分の妻や娘と良い愛情関係があったら、そんな発言はできないはずなので、女性によってインナーチャイルドが傷つき、セルフイメージが下がっていることが分析できるわけです。
いろいろ書くと長くなってしまうので、一部だけにしますが、
例えば、DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害サポートの現場では、かつて「実の母親に暴力をふるうようなら、奥さんは夫との関係回復を諦めた方が良い」というアドバイスがありました。
今にして思えば、そこまでインナーチャイルドが病んでしまうと、素人ではサポートのしようがない、ということだったのでしょう。
男の子は、女の子に比べて、お母さんに対する抵抗力が高くないので、気をつけてあげて欲しいです。

あ、「ヴィーナス女神セミナー」は、そのあたりについても詳しく講義しているので、ここでちょっと宣伝しますね♪

追加の考察】上記の記事は、経験から来る報告でしたが、スピリチュアルメッセージの立場でいうと、実際には親のせいではありません。
というのも、我々は魂で親や環境も選んで来て、すごいチャレンジをしているからですね。
とくに、子育てをする立場になったら気づくと思うのですが、親からいろいろされたと思っている人も、実は子供の行動が親にそうさせている、ということが解ってくると思います。
親が自分をキツく叱った、と思うのは、先に自分が好奇心で危ないことをして、親を心配させまくっていたりします。または大人し過ぎたとか。
だからといって、体罰が必要だったなどということではなく、当時の価値観がそうだったということ、情報が制限されていて適切な方法が無かった時代に、善かれと思ってとんでもないことをした、とかそういう意味です。
 それで、説教だと一気に解説をとおり越して「親を恨むなんて」とか「親に感謝しなさい」「許しなさい」とかいう言葉になってしまうのだと思います。それは、ある意味乱暴なやりかたですね。
実際には、親も子供も互いに、大変なことにチャレンジして来て、そうとう疲れていると思います。
自分を立て直すためには、親と離れたほうがいい(独立・自立)とも言えます。

いきなり海に突き落とされて泳ごうとするのか、ちゃんと準備運動や予備知識をもってプールに入るのか、選ぶのは自由意志ですが、ここでは、できるだけ「愛ある方法(やり方)」を提唱しています。

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