喪失と悲しみについて(仮題)
引き寄せスピリチュアル編を書いていたら、読んで実行する人は問題ないけれど、一部の読んだだけで何もしない人に「逆引き寄せ」の影響が起きていることが判明。「そのメッセージは必要ない」というオーダーになってます。科学が信じられない人は、読まなくていいですからね~。
早く、引き寄せの「願いがかなう祈り方」の続きを書きたいのですが、睡眠不足で倒れそうなので、ちょっとパスして、コメント的な記事を書きます。
この文章は、あとで追加して、清書書きする予定です。


ここでは、かなり高次元なスピリチュアルメッセージをお伝えして来たので、感情や「喜怒哀楽」には意味があって、大事なメッセージである、ということは常々お伝えしていると思います。ブログには書く時間がなくても、セッション・セミナー等ではしっかりお伝えして来ました。
昨年の震災や、今年の車の事故を含め、大事な家族を失った人々がたくさんいらっしゃると思います。
そのため、一般・スピリチュアルの別なく、カウンセリングの現場では、喪失を癒すカウンセリングが必要になり、盛んになって来ているようです。

実は、スピリチュアルカウンセリングでは、高次元や亡くなった方からのメッセージをお伝えするので、あまり深刻な問題は起こらないと思います。
命の意味は、人それぞれに違いますし、魂のメッセージまで行くと、おのずと大事なことが判ると思いますので。
それに対し、一般カウンセリングがやっと追いついて来て、心と感情のと、人間関係の問題を扱うようになりましたね。
一般宗教は、まだ制限がかかっているかもしれませんが、喜怒哀楽が重要だというメッセージを私が許可したことで、だんだんと伝える人が増えているように感じます。

悲しみや喪失感は、大事な気づきを与えてくれる体験なので、じゅうぶんに味わって、じゅうぶんに癒される必要があります。
中途半端に、「もう泣かないで」とか「もっと前向きに」と言われて、さらに傷つき、立ち直るのに時間がかかった人々を見て来たので--

自分の体験を書いておこうと思いました。
私の場合は、かわいがっていたウサギが死んだ時の体験ですので、家族や人間に対する感情とは桁が違うかもしれませんが、何かの参考になるようなら--という気持ちです。


自宅でうさぎを飼ったのは、17年前の一人暮らしのとき。自分が心理分析の本を見て、生き物を育てるのが苦手だと思ったので、あえて挑戦しようと思ったことがきっかけでした。
動物を室内で放し飼いにしたことはなかったので、うさぎの生態系を知るまでに、時間がかかりました。
よく観察していると、自分に似ているなと思うところがありました。
部屋に遊びに来た人が、ウチのうさぎにしている言動が、その人が子供の頃に家族からされたという内容と一致していたので、自分がウサギに対してしている行動は、親からされたことの反映だなと気づくことがありました。
うさぎは哺乳類なので、感情があることは解りますが、感情表現の度合いが犬やネコと違うので、こちらに「察する能力」が必要なのだなと解りました。
そして、ウサギのおかげで、察する能力が鍛えられました。

うさぎが、一日に一度は、私と目を合わせたがっていることが解り、それが出来るようになったとき--ウサギが風邪をひいて死にました。
気づくのが遅かったので、病院に連れて行った時は、手遅れでした。医者は「手遅れ」だと言いたかったようですが、慣例なのか曖昧な表現をしたため、私は、まだ助かる見込みがあるのかと思い込みました。
アシスタントの仕事が入っていたので、一晩病院に預けて、結局、翌日にうさぎの死骸を引き取ることになりました。
箱に入れられたウサギの死骸を見て、獣医とは言え、死んだら、ペットではなく、ただの動物扱いなんだな…と思いました。

私は、自分が泣くだろうなと思っていたので、そのままシャワーを浴びて、着替えてから、うさぎを箱から出して膝の上に抱きました。
子供の頃にウサギを飼ったり、モルモットを亡くしたりしたことはありましたが、それまでの人生で、動物に、そこまで感情移入したことはなかったと思います。
そのとき、私の中には二人の視点があることに気づきました。
ウサギを失って、ものすごく悲しんでいる自分と、
その自分とウサギを見て、冷静に動こうとしている自分、がいました。まるで、右脳と左脳が別々に物事を見ているような感じでした。
悲しんでいる自分は、号泣しました。文字どおりというか、「おおお」という吠えるような声で泣いていました。
もう1人の自分がそれを覚えていたので、こうして書いていますが、
私の声は、今まで自分が出したことがないほどの大きな声になっていて、それは喉や口からでているのではなく、頭の後の部分から出ているようでした。
もう1人の私は、脳のしくみの知識から、これは脳幹が泣いているんだなと思いました。

それで、あえて悲しみを言葉にしてみようと思いました。
「私は、あなたが好きだった」とか
「大事に思っていた」とか
「解ってあげられなくてごめんね」とか
「わたしの分身のように感じていた」とか、どんどん思いを言葉に直して行く作業をしていました。
大事な存在を失って、とても悲しかったので、このまま忘れたくなかったのです。それに、幸いなことに、周りには誰もいませんでした。
相手が、人間ではなく、ペットだったため、手続きなどの面倒がなかったことも幸いし、悲しみに集中できたと思います。

相手は動物でしたが、それでも、私の悲しみの経験としては大きいものでした。
その前の年、私はアトピーのステロイド離脱を初めて自力で試みようとして、かえって悪化させ、入院したりしていたので、どちらかというと、感情が萎縮していた感じでしたから、ウサギの死で、感情が爆発したかのようでした。
でも、心とか、頭で悲しんでいるのではなく、胸の奥から背骨にかけて何かが苦しくて、後頭部から何かが叫んでいる感じでした。
「悲しい」というのは、こういうことなのかな、ともう1人の自分が見ていました。
この状況を二人の自分が体験している、という矛盾を感じましたが、そんなことはどうでもよいことでした。
私はマンガ家で、雑学知識もありますから、そういうことも起こりうるという冷静さと、ことの成りゆきを見る好奇心もありましたし、その時は何より、うさぎといられる最後の時間が大事でした。
大事な存在を失ったのですから、よけいなことを考えるより、うさぎと別れを惜しむことの方に集中したかったのです。

4時間くらい泣いていたと思います。
うさぎは、死んで冷たくなっていましたが、私が抱いて撫でていたので、すこし暖かくなっていました。
「あなたが死んで悲しいけれど、あなたがそばにいてくれて良かったよ」と言いました。
うさぎが死んでしまったから、とても悲しいけれど、うさぎと過ごした時間があまりにも楽しかったから、嬉しい思い出がいっぱいでした
うさぎの死骸を抱いて泣いていて、私は幸せを思い出して、涙を流しながら笑顔になっていました。死んだうさぎとの楽しかった思い出がどんどん思い出されて来るので、泣きながら、幸せな思いで心がいっぱいになっていました。
不思議な体験で、複雑な感情というのはこういう感じなんだなと思いました。
私は、幸せな気持ちでいっぱいになって、うさぎとの別れを受け入れることができました。

それでも、しばらくは、うさぎのことを思い出すと、自然と涙が出て来ました。しょっちゅう泣いていました。
でも、あるとき、夢にうさぎが出て来て、ゾンビのような姿になっていたので(笑)、「これは、私のことを心配していて、成仏できていないのではないか?」と思い、嘆くのをやめました。
数ヶ月後に、霊媒師の能力を持った気功の先生と出会ったときに、その人が霊視して「うさぎは、あなたのためにやって来て、あなたのために去って行ったようです。今は、あなたのそばで幸せそうに跳ねています」と言われたので、安心しました。

何か、ことあるごとにうさぎを思い出すと涙が出るのですが、それはただの悲しみの涙ではなく、思慕の情という感じでした。
私は、うさぎの話題を話したいと思いました。
どんなに、好きだったか。かわいかったか。いたづらだったか。困ったことも、嬉しかったことも、すべてが大切な思い出でした。
周りの人は、気を遣って「うさぎの話題はしない方がいい?」と聞いてくれましたが、むしろ私はうさぎの話をもっとしたかったのです。

むしろ、悲しかったのは--私がうさぎを失ったことを「悲しかった」と言ったときに、「また飼えばいいじゃない」「もううさぎは飼わないの?」と言って来た人がいたことです。
経験のある人はお解りだと思いますが、この言葉は、相手を傷つけますよね。
その人が、家族を失ったとき、「お母さんが死んだんなら、またお父さんに再婚してもらえばいいじゃない」とでも言うのでしょうか? それとも、うさぎだから、人間じゃないから、代わりがきくはずだと思っていたのでしょうか。
私は、うさぎだから代わりがきくと思っているんだな…と思って、さらに悲しくなりました。その悲しみに浸っていた自分が、みじめに感じました。
人間の死なら、たくさん悲しんでも認められるのに、ペットの死を悲しむなんて、人間として未熟だと言われているようでした。
今ならわかるのですが、そういうことを言う人は、相手が人間でも同じなんですね。子供を失った母親に「また生めばいいじゃない」と言う人もいるようですから。
ちなみに、私はその人の前で直接「うさぎがいなくて悲しい」という話しをしたわけではありません。私が、ほかの人から質問されて、さすがに悲しくて泣いたよということを伝えた時に言われたのです。たぶん、当時その人は、私を妬んでいたので、復讐の意味でそういう言葉が出て来たのだろうと思われます。

ときに、悲しみに嘆いている人をなぐさめたいけれど、どうしていいかわからず、自分も辛い気持ちになって、なんとか前向きな言葉を言おうとして失言してしまう場合もあると思います。

もし、本当に相手のことを心配しているけれど、相手の悲しみにつきあえないのだったら、「見ていると辛いから」とか「慰められなくてごめんね」と言って、去ってくれたらよかったのに。
逆に、自分の時の悲しみの体験を思い出して、「みんなは、あなたが元気になってくれることを祈っているから」とひとこと言って、とりあえず仕事の話題でもしてくれればよかったのに、と思いました。

私は、その人とうさぎの思い出に浸りたかったわけではなく、うさぎの話ができる人と、語りたかっただけだったので。安易に、慰めようとして話題にされるのは、かえって苦痛でした。
本気で、思いやりのつもりで言ってくれている場合は、言葉の選び方が安易であっても、相手の想いを理解して肯定的に受けとめることになると思います。
微妙なやりとりですが、そういう時に、本当の悲しみを知っている人と、そうでない人の違いを感じたり、価値観の違いを感じたり、解るのだなと思いました。
相手は無意識で話しをしていますが、私はずっと心理学を学んでいたので、たいてい心理分析をしながら聞いているのです。
それで、「ああ、あのセリフは無意識にこちらを傷つけようとして言ったな」とか「エネルギーを奪おうとして言っているな」とか、「それによってまた他の人からエネルギーを奪い返されているな」などが解るわけです。


よく、子供がペットの死を悲しむと、それを見るのが辛くなるから、ペットは飼わないという親もいますが、私は、自分の体験からすると、そんなことは言わないで、命との出会いを大事に経験してほしいと思います。
悲しいのは、すべてが悪いことではありません。なぜならば--

私は、それまで自分が「冷たい、冷酷な人間だ」と思っていました。トラウマがあったので、感情を表現することは苦手だったし、感情がそんなに大事だと思っていなかったのもあります。
今でこそ、スピリチュアルになってから知り合った人は、私のことを明るいとか、無邪気だとか思うかもしれませんが、カウンセラー養成講座でコミュニケーションを練習するまでは、思ったことのほとんどは言葉にしていませんでした。
うさぎと同じでした。エンパスだから、いろいろ感じるのですが…感情はあっても、表現する方法がなかったのでした。
それで、自分には感情がないとか、むしろ冷たい人間なのかなと思っていました。表現できないことは、感じない方が幸せだということもあります。

ところが、私は自分のうさぎという大事なものを失ったとき、大きなものを得ていました。うさぎに対する自分の愛情は、とても大きなものだったことに気づいたのです。
大きな、大きな、湖のような器に、うさぎとの思い出が入っていて、その中身を全部失った状態でした。あとに残ったのは、「愛情の大きな器」でした。
とても大事なものを失ったとき、「とても大事なもの」という定義とその感覚を手に入れたのです。
うさぎは、私に大事なものを与えてくれました。大事なものを残して行ってくれました。
それは、失った悲しみの大きさよりも、もっと大きな愛でした。

それに、得たものはそれだけではありません。体感覚を取り戻し、ある意味ショックがぜんそくの発作を止め、一般人並みの境界線を意識することができたり…と、ギフトがたくさんあったことに気づきました。
大事なものを失うということは、もっと大事なものを手に入れることになるのだと体験したのです。その愛が、本物なら、きっともっと大きな本物を得ることができる、という世界はあります。

もちろん、そうでない意図で、失って残念で、不幸になる--という体験を望めば、それもかなうわけですが。

死や喪失が良いことだとか、あったほうがいいとか、そういう短絡的な話ではないことを、ご了承ください。
大事なものや大事な存在は、「大事」なのですから、できることなら失わない方がいいと思います。
でも、人間の心理作用としても、失ったものが大きければ大きいほど、その体験が、大切なものになるのも確かです。人は、そこから「何かを得ようと努力する」とも言えます。
大事なのは、残された人が幸せに生きることではないかと思います。

スピリチュアルでいえば、亡くなった相手のほとんどは、残された人々を心配して見守っていたりします。こちらが不幸を嘆いたり、罪悪感で自分を苦しめていても、それで亡くなった相手が幸せになるわけではありませんでした。
他人の関係だとどうかわかりませんが、身内の場合は「自分が苦しんで死んだから、おまえらも苦しんで死ねばいいのに」と言う魂は、いませんでした。「もう大丈夫だから、こちらの分まで幸せになったり、いろいろ体験して報告してほしい」というメッセージばかりでした。

私は、愛の関係からは、何が起きても、さらなる愛を得るのだと学んだのでした。


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